ポン助の雑談ブログ

興味を持ったことをまとめました。

お金

2020年7月17日に、埼玉県にある造幣局貨幣博物館に行ってきました。

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場所はこちらになります。

東北本線のさいたま新都心駅から徒歩10分ほどになります。

今回は、大宮駅近くの第二大宮公園に無料駐車場がありましたので、そちらに車を停めて大宮駅から電車で向かいました。

今回は平日といことと、新型コロナウイルスの影響で人が少なく、15時過ぎに訪問しましたが訪問者数が20人ほどでした。

なぜ今回平日に訪問したかといいますと、平日には、造幣局の工場見学が事前予約なしで見れるということです。

工場内は撮影禁止でしたが、記念硬貨やプルーフ貨幣を作っている場所・勲章や工芸品を作っていいる場所・通常貨幣を作っている場所を見学できました。

しかし通常貨幣を作っている場所はちょうど稼働しておらず、掃除のおばちゃんが話しかけてきて、「運が良ければ見れる」程度しか稼働していないそうです。というのも、通常貨幣を作っている工場は、埼玉支局・大阪本局・広島支局があるのと、通常貨幣の受注が減っていることが原因です。

工場見学の後は隣接している博物館を見学しました。博物館には、貨幣の作り方の説明と、貨幣の歴史、発行されたすべての記念硬貨の展示や勲章等の工芸品もありました。

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写真のように、金属の塊から貨幣を作ります。

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これが大元の金属の塊になります。材質はアルミなのか青銅なのか白銅なのか分かりませんが、これを伸ばしてコイル状にします。

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先程の塊を伸ばした熱間圧延板になります。これをさらに伸ばします。

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これが仕上圧延板になります。このコイルを型で抜き取って貨幣にします。

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先のどのコイルを抜き取ります。

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抜き取った金属を、淵をつけたり、熱処理したり、洗浄します。ここまでは普通の金属片ですね。

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硬貨らしくなってきましたが、まだ模様がありません。しかし5円玉と50円玉には穴が開いています。ここからプレスで模様をつけ完成です。

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パットというものもありました。これは記念硬貨で、カラーコインというものがあり、色を付ける道具になります。パットの先に塗料が付いており、順番に色が塗られます。

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縮彫機です。
どうやら貨幣を作るときに、現行の大きさの4~5倍の大きさで図案を描き、それをもとに粘土に彫るのですが、それを縮彫機でどんどん縮小して金型を作るそうです。もともとは全部手掘りで彫っていたそうです。

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粘土で彫ったものからどんどん小さくしていって、最後にプレスで使う金型にします。

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今まで発行された記念硬貨が全部そろっています。10万円金貨もありました。

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江戸時代の金貨も展示してあります。

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これは江戸時代の銀貨です。銀貨は秤で重さを見ながら金貨等に両替していました。

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一般庶民が使うお金もありました。

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明治時代以降の金貨も展示してあります。今では失効していますが、
旧20円金貨・旧10円金貨等も展示しています。かなり価値の高いものになります。

工場見学と合わせて、1時間ほどですべてを見学することができました。

入口にミントショップという売店があり、工芸品や2020年東京オリンピック・パラリンピックの記念銀貨の販売もありました。工芸品では数十万円もする高価な商品も売っていましたが、手持ちがありませんでしたので買うことができませんでした。記念銀貨はすでに保有していたため、追加の購入は見合わせました。


基本情報

開館時間:9:00~16:30(最終入館時間:16:00)
入館料 :無料
休館日 :毎月第3水曜日・年末年始(12月29日~1月3日)・展示物入れ換え等臨時休館
駐車場 :なし (公共交通機関:JR東北本線:最寄駅:さいたま新都心駅)
※工場見学は月曜日~金曜日のみ見学可
 博物館休館日と土日祝日は見学できませんので注意してください。

参考
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日本銀行本店に貨幣博物館がありますので行ってきました。
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開館時間が9:30~16:30(最終入場16:00)となっており、滑り込みでの入場になりました。

場所ですが、東京メトロの半蔵門線・銀座線の三越前駅(徒歩1,2分)か東西線の日本橋駅(徒歩6分)もしくはJRですと東京駅(徒歩8分)になります。地図はこちら

入り口では空港ゲートと同じような金属探知ゲートと手荷物検査機がありました。そこをパスすると2階に上がり天井エリアに入ります。

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展示室は撮影禁止でしたが、撮影可能エリアには1億円の展示がありました。(本物ではなありません。模擬紙幣です。)重さは10キロあります。
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1億円だとガチガチに帯封をしてあります。

小さな売店もあり、お金をもじった商品が売っています。
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記念撮影可能なエリアになります。

展示室内は撮影できませんので、公式サイトやその他から画像は引用しました。
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展示室内はこのような感じです。古代のお金の始まりから現在のお金までの歴史を解説しています。

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古代のお金の始まりから展示してあります。我々のころは和同開珎が一番最初のお金と習ったのですが、富本銭が発見され、今は富本銭が一番最初となっています。それ以前は物々交換をしていました。

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中世に入り、中国大陸からお金が持ち込まれました。宋銭や永楽通宝が展示してあります。日本では平安時代から戦国時代にかけて流通しました。

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戦国時代後期から江戸時代にかけて、小判や銀貨、銅貨を国内で作るようになりました。慶長小判・銀貨・寛永通宝などの展示のほか、大判や甲州金や藩札の展示もありました。江戸時代、徳川家康は武田信玄の甲州金の貨幣制度を導入したとの解説もありました。
江戸は金、上方は銀を利用しており、流通するお金が違ったので両替商が発達したとのこと。

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各地方で流通した地方貨幣。


鐚銭(ビタセン)の展示もあり、字が読めないような銭の展示もあります。

鐚銭・・・私鋳銭とも呼ばれ、本物の銭から型を取ったりして、勝手に作った銭。今でいうと通貨偽造にあたります。
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江戸時代は、幕府以外にも各藩が藩札を発行していたこともありましたが、明治時代に入り円が誕生しました。20円金貨や銭(せん)などの展示があります。
貴重なのは、昭和金融恐慌時代に発行された200円紙幣などもありました。裏面が真っ白なので、よほど急いでいたのでしょう。

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明治時代に発行された1円札(現在も有効)から今の紙幣も展示してあります。今の紙幣はA000001Aの紙幣番号のお札が展示してあります。A000001Aの紙幣番号ということは、一番最初に刷られたお札になり、日本銀行が保管しています。

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個人的に興味があるのは、江戸時代の大判小判と明治以降のお金になります。大判の展示もありましたが、小判と比べて思ったより大きさが大きくて驚きました。大判は一般流通用の小判と違い、恩賞や贈呈用に作られました。

外国の紙幣としては、ハイパーインフレで有名なジンバブエドル(100億ジンバブエドル)やハンガリーの1垓ペンゲー紙幣がありました。

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ハンガリーの1垓ペンゲー紙幣。ゼロで書くと100000000000000000000となり、ゼロが20個並びます。

今回は時間の関係でゆっくり見学できませんでしたが、興味深いものがありました。

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外に出ると真っ暗です。

基本情報

開館時間:9:30~16:30(最終入場16:00)
入場料 :無料
休館日 :月曜日(祝休日は開館)
     年末年始(12月29日~1月4日)
     展示物の入替え等の臨時休館

参考
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上記のお金、聞いたことありますよね?1銭硬貨1厘硬貨です。
ちなみに1円=100銭、1銭=10厘になります。なので、1円=1000厘ですね。

現在このお金で買い物はできませんが、為替や利息計算では有効ですよね。例えば1ドル=110円13銭とか言いますよね?

このお金が使えたのは、小額通貨整理法により1953年12月31日までで、1954年1月4日~6月30日までは有効な硬貨・紙幣に交換されましたので、1954年6月30日をもって金属スクラップと化しました。

ここまでは知っている人も多いでしょう。


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じゃあ上記のお金を知っていますか?江戸時代に作られた寛永通宝文久永宝になります。
江戸時代のお金は江戸時代か明治初期じゃないと使えなかったって思っている人多いでしょう。実はこの寛永通宝文久永宝、1953年7月に制定された小額通貨整理法が制定されるまで有効なお金だったんですよ。
1953年と言えば昭和28年、戦後しばらくは立派な法定通貨だったんですよ。(実際にはあまり流通していませんが)法的には1953年12月31日まで有効

レートですが

・寛永通寳銅一文銭   =1厘
・寛永通寳真鍮四文銭   =2厘
・文久永寳         =1.5厘

として通用していました。
江戸時代のお金が戦後まで通用していたなんて驚きではないでしょうか?

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ちなみに上記の1円紙幣、1885年(明治18年)に発行されましたが、現在でも有効な紙幣です。発効から130年あまり経っても有効なお金があるんですね。しかしこの1円札は1円以上で売買されていますので、法定通り1円として使用する人はいないでしょう。
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